Home

feel and imagine.

in/out

ときどき、「消費行為」に執着がなくなる。

わたしは身体の3割はお菓子で出来ているんじゃないかという程お菓子が好きだが、手を伸ばした瞬間、ぴたりとその手が止まってまた元の場所に戻ったり、食事の事を考えても常に「自分の分だけ除いて」考えている事がある。

そういうときに限って、逆に「生産意欲」が増す。
わたしの生産といったら、文章を書くとか料理を作るとかそれくらいのレベルなのだが、とにかくinを拒みoutばかりしようとするようになる。

どちらかが過剰になっていることが殆どで、そのためわたしの様々な場所には「不具合」が生じているのが常となっている。

今、完全にin<outの状態。

と思いきや、outが出来なくなっている。
詰まりきっている。

わたしは何処に向かうんだろう。

雨の日の話。

CIMG0221.JPG

雨の日は嫌いだ。
あんまりいい思い出がない。

何年前になるかな。
あの日を起点とすればもうすぐ折り返しになるくらいか。いや、まだ折り返していない。でももうすこしで折り返す。
忘れているようで忘れていない、正確には数年前に蘇った、奥底にあったらしい記憶。

ちょうど13年前になる。
あの日も雨だった、はずだ。
記憶の中のわたしが濡れていたのは、雨だったのか、涙だったのか、それとも...。

あの日わたしはひとつのものを失った。そして、たくさんのものを得た。
得ることは必ずしもプラスと同義ではないと知った日だった。

あの日わたしがなくしたものを取り戻すことは絶対にできない。

時間が傷を癒し、忘却機能がわたしを救った。

今となってはもう、どうにもならないし、どうでもいい話のひとつ。

地方の未来を考える

  • 2011年6月13日 13:10
  • imagine

2011-02-14 14.09.53.jpg

先日、部員として参加している109U(読みは[talk you]と同じ)のUstreamに出演させていただきました。

http://www.ustream.tv/recorded/15285370

Video streaming by Ustream
この番組の01:20:43くらいから観ていただけますと分かるかなあ、と。
(最初は若干ぐだってますが)

109Uというのは、

徳島を拠点に、インターネット・ライブ配信を行なう大人の部活動です。部員が集うコミュニティー・サイトを運営し、面白いこと、楽しいこと、本当に知りたいこと(タブーにも挑戦)を追求します。

というあつまり。
今回の配信では、「ドリームヴィジョンー地方の10年後を考えるー」というテーマで、将来の徳島がこうなったらいいな、こうしたいな ということを熱く語り合う回でして。
そこに、わたしも混ぜていただいたわけです。

わたしからすれば、徳島って馴染みのない場所で、でもそれは逆も同じ。
そんな場所のひとたちがリンクして語り合うことができる。情報を共有することができる。なんて便利な世の中。

わたしは将来よりも今のことを伝えることで精一杯でした。
震災から3ヶ月。わたしたちの今、わたしたちにできること、等々。
正直、ドリームビジョンなんてなかったかもしれない。

でも、今よりも八戸が元気で、たのしい街になっていればいいなあ という気持ちはいつでもあるし、心からそう願います。
そのためにわたしが出来ること を、今探しているし、今身につけているんだと思っています。

まずは、いろんなひととつながることかなあ、と、考えています。
そのためのボランティア活動だったり、今の仕事だったり。
なんでも挑戦していこうという気持ちは、常に持ち続けていかなきゃなと思っています。

毎週火曜日は、中心街のシャッターが全部閉まってて、
でも他の曜日は全部開いてて。
そんな、幼い頃の中心街を取り戻せたらいいなあ という、変わらない想い。

待っているだけじゃ、何も変わらない。

パーソナリティのおふたりのことばを借りると、

最近の報道って、ネガティブなこと多すぎない?
ポジティブでも、いやなにおいのするポジティブさが多い。
被災地の内側から出てる「がんばろう」というポジティブさと、メディアによって強制される「がんばらなきゃいかん」というポジティブさ。
小さいけれども、希望とか、こんなことをしようということを報道しなきゃいけないんだと思う。

メディアはどうせ本当のことはできない。
できなかったらやればいい。
自分らでできることをやるのがいちばん近道なのかもしれない。
109Uは、番組であり部活でありHUBである。
何かをやりたいという熱い想いがあれば、なんの形でもいいから話しかけてくれたら自分たちも共鳴したら協力するし、みんなにも協力して欲しい。
この日本や地方にただ漠然と住むのではなく、変わるのを待つのではなく、僕らで変えていきましょう。
そのための、109Uです。

生きることって、誇りを持つことじゃないのかな。
街に対しても、「この街ってここがすごい」とか「ここってえぇやろ」っていう事が大事。そういうふうに言える街にしたい。


すごいよね。こういう風に考えられるひとたちがいるんだということがすごいと思った。
わたしも負けてらんないな。

そんな勇気なら、

amazarashi_01.png

好きなオンガクを考えてみる回。
記念すべき初回は、今イチオシのアーティスト、amazarashiのメジャー移籍第1弾アルバム「爆弾の作り方」から、今の季節にぴったりなタイトル「夏を待っていました」。

*

この歌には、語り手である「かつての少年」の他に、3人の少年が登場します。
新しいマウンテンバイクを自慢するマサトシ。
運動が苦手なヤスヒト。
ケンカも強くて無茶な事を言い出すタイヘイ。
どこにでもありそうな景色。どこにでもいそうな少年たちの、暑い6月のヒトコマ。
その中には、痛いほどの、現代が抱えるモノが詰まっています。

ここではタイヘイの話を紹介しましょう。

タイヘイは長身でケンカも強く、『いつも無茶な遊びを思いつく』ようなやんちゃな男子。
ある日、鉄橋にぶら下がろうという『無茶な遊び』を思いつきます。
いちばん長くぶら下がったやつの言うことは何でも聞くんだ、と提案するタイヘイ。
他の男子たちはびびってしまって出来ませんでしたが、タイヘイだけが平気な顔でぶら下がったのでした。

それから7年。少年たちは高校生くらいになったのでしょうか。もしかするともう成人になっているかもしれません。
歌詞がこう続きます。

「7年後にタイヘイはビルから飛び降りた そんな勇気なら無いほうがよかった」

*

マサトシと彼の母親は、内縁の夫(義理の父かもしれない)である「おじちゃん」に暴力を受けています。
ヤスヒトは、自分を「ダメなやつでごめんな」と友人に言い続けます。
そしてタイヘイは、自ら命を絶つことを選びました。

夕立ちに遭ってずぶ濡れになったり、
雷の音にドキドキしてみたり、
草むらの中でみんなでかくれんぼしたり。
子供の時の思い出というものは、鮮やかで優しいものです。

でも、かならず、子供は大人になっていきます。
かつての友人たちも、年月と共に変わったり離れていってしまう。
雨に濡れる場所は、公園から高層ビルの下へと変わっていきます。
記憶の中の雨と、今降り続ける雨は、どうしてこんなに温度が違うのでしょう。

大人になるということ。
大人として生きるということ。
それは、子供時代の「あの日」の続きのはずなのに、全く別のものになってしまいます。

忘れてしまうのでしょうか。続いていること、を。
そしてわたしも、忘れてしまっているのかもしれません。
だからこそ、大人は子供への振る舞いを自分本位でしか考えることが出来ません。すべての人がそうであるとは思いませんが、そんな人があまりに多いように思います。

だからこそわたしたちは、「僕らの冒険を続けなきゃ」いけないのかもしれません。

きっかけ

とにかく文章が書きたい。

そう思ってこの場所を作りました。

長文が多いです。自分論が多いです。
「よい」とか「ただしい」という枠にとらわれることなく、いろんなコトを考えたり書いていこうと思います。

お暇な方はお付き合いのほど。

Index of all entries

Home

Category
Archive
Powerd By
counts

Return to page top